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憲法改正!

日本の平和と安全の確保のため、国民が自尊心を持てる為、日本が真の民主主義国家となるために日本国憲法を改正しよう。

福田恆存の評論集より

平和主義者の核は共産主義者であり、その周辺は平和ボケ。9条護憲運動家の正体を見極めよう、そして彼らに騙されない様に注意しようシリーズ(その1)。福田恆存評論集第八巻「知識人の政治的言動」を紹介します。(新仮名遣いで表記しました。)

・・・・・戦後日本の最大のタブーは何か、と。言うまでもなく、それは平和の一語であります。

これは何も進歩的知識人の間だけではない、彼等が敵とする自民党政府や独占資本にとっても斉しくタブーであって、これを犯す者は必ず没落し、追放される。

占領軍のパージに懲りた今日の権力者が、それを恐れるのも人情の自然と言えましょう。歴史という演出家は実に思い付きに富んだ天才です。

この平和というタブーは最初アメリカが日本全土に懸けた呪い(まじない)であった、がそれを引き継いだのは日本の反米反権力の革新派であり、今度はその革新派が親米的権力者に同じ呪いを懸けて身動き出来なくさせてしまいました。

「平和主義は現実的ではない」と言われるが、何を持って現実的というのか、と福田恆存は問います。

確かに非武装だの非暴力だのというのは国を守るには非現実的ではあるが、そもそも彼等の目的は、国の平和ではなく、共産主義革命なのです。革命のためには平和運動は実に現実的な運動なのである、と指摘します。

彼らは平和主義によって平和という現実や効果を求めているのではなく、それとは別の現実と効果を求めているのであり、その目的からすれば、平和というタブーは甚だ現実的であり、最も効果的な武器だという事になります。

その目的とは言うまでもなく、共産主義革命であります。

・・・・・彼等は絶対平和を口にしながら、解放や革命の為の戦争には手放しに同調しているではありませんか。

至上のタブーである筈の平和も実は革命という言葉に対しては自己を否定し、それに奉仕せねばならぬその下位概念でしかないのです。

そして、そういう考え方そのものがまた共産主義理論から導き出されてきたものである事は、改めて言うまでもありますまい。

しかし、そういう効果を意識的に狙っている現実的な、余りに現実的な共産主義者は極く少数であって、大部分の進歩的知識人は必ずしも共産主義者ではない。

では、彼等は何者かというと、甚だ良識的で穏健柔和なヒューマニストなのであります。平和の呪いを懸ける方ではなく、懸けられた方であります。

福田恆存評論集第八巻より。「読売新聞」(昭和40年6月8日~9日)に掲載されたコラムです。

9条護憲運動家が口癖のように唱える台詞に、「現実と憲法9条が合わないなら、9条を現実に合うように改正するのではなく、現実を9条の精神にあわせよ」というものがあります。

そのときの上級9条護憲運動家にとっての「9条の精神」とは「日本国の共産主義化運動の精神」です。それに騙され、本気で「平和のために九条を守ろう」と考えているのが、「甚だ良識的で穏健柔和なヒューマニスト」であり、「お花畑で蝶を追う平和ボケ」の下級9条護憲派なのです。

いわゆる『9条護憲派』分類チャート

憲法改正!

日本の平和と安全の確保のため、国民が自尊心を持てる為、日本が真の民主主義国家となるために日本国憲法を改正しよう。

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