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憲法改正!

日本の平和と安全の確保のため、国民が自尊心を持てる為、日本が真の民主主義国家となるために日本国憲法を改正しよう。

高坂節三/著『経済人からみた日本国憲法』

「平和と安全」を守ることと、「平和憲法」を守ることは全然違う。高坂節三著『経済人からみた日本国憲法』(2008年 PHP研究所)より「トルコ航空が在留邦人を救ったときのエピソード」を紹介します。 憲法第九条を論じる際、おおいに参考になります。

2006年5月17日、イスタンブールにおいて小泉首相の特別の計らいで、日本政府は、トルコ航空関係者11名に、イラン在留邦人救出事件の叙勲伝達式をおこないました。

筆者も個人的に大変憂慮した事件であり、安全保障問題を真剣に考えるきっかけになった事件でもあったので、ここで当時の伊藤忠イスタンブール事務所長、森永尭の記述 『トルコ航空によるイラン在留邦人救出事件』をもとに、この事件の概要を説明したいと思います。

「イラクのサダム・フセインが1985年3月19日20時以降、イラン領空を通過する航空機は民間機といえども安全は保障しないと警告を発した。イランにいる在留外国人は一斉に出国しようとしている。

在留邦人も脱出しようとしているが、乗せてくれる飛行機がない。ついては在留邦人救出のため、トルコ航空を飛ばしてもらうよう、トルコ政府にお願いできないか」との伊藤忠本社の要請に、森永事務所長は

「テヘランには大勢のトルコ人がいる」
「なぜ関係のないトルコ航空なのだ」
「トルコ政府に質問されたら答えようがないじゃないか」
「なぜ日本の航空会社は来ないのか」
「なぜイランの航空会社に頼まないのか」

と自問しながら、妙案は浮かばず意を決して次の三つのことを決めたといいます。

「すべての業務に優先して救出作戦を行うこと」
「無理筋の話であるため、その国のトップであるオザル首相に頼むこと」
「へたな思案をせず、体当たりで依頼すること」

森永所長とオザル首相とは、トラクター製造工場の建設、運営で苦労をともにし、オザル首相が政界に入られる前から信頼関係を築き上げていたことが幸いしました。

「今か今かと待っている、長く思えた時間が経った頃、オザル首相自身から電話があった。どきどきして私は彼の言葉を待った。彼は落ち着いた声で、

”すべてアレンジした。心配するな。親友モリナガさん”と言ってくれたのだ。

”日本人救出のため、テヘランにトルコ航空の特別機を一機出す。詳細はトルコ航空ととったら良い。”

それを聞いて、私は驚くと同時に体の芯から喜びが湧き上がるのを抑え切れなかった。」

600人を優に超える在留トルコ人を差し置いて、トルコ航空は日本人を優先的に搭乗させました。

標高5165メートルのアララット山を通過して、トルコ領域に入ったとき、パイロットの「ご搭乗の皆さま、日本人の皆さま、トルコにようこそ!」というアナウンスが入ったときは、皆涙を浮かべて「万歳!万歳!」と叫んだといいます。

空港に駆けつけた森永所長が見た到着客のいでたちは、日ごろ見慣れているいでたちとは違っていました。

「薄汚れた普段着を着て、ビニール袋に取り敢えずの生活必需品を入れただけの持ち物を持ち、子供の手を引いて、文字通り、着の身着のままというすがたである。ことに子供連れの婦人達は疎開地生活そのままという格好が、その苦労を物語っていた」

と記しています。

「”安全の保障がなかったから”救援機を出さなかった日本、”安全の保証がなかったから”救援機を出したトルコ」

というサブタイトルの章で、森永所長は、トルコ航空の総裁の

「日本人の安全の保証がなかったから、一刻も早く日本人を救出するために救援機を出した」

という返事と、同じ「安全の保障がなかったから」救援機を出さなかった日本を比べ、

「本来なら、あべこべであるべきであり、対照的な結果に考えさせられてしまった」と記している。

危険をも顧みず救出に向かうのが『平和を守る』ということであり、危険だから自分は行かないというのが『平和憲法の精神を守る』ということです。

どちらが正しき姿かを救出される者の立場で考えてみましょう。

憲法改正!

日本の平和と安全の確保のため、国民が自尊心を持てる為、日本が真の民主主義国家となるために日本国憲法を改正しよう。

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