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憲法改正!

日本の平和と安全の確保のため、国民が自尊心を持てる為、日本が真の民主主義国家となるために日本国憲法を改正しよう。

里見岸雄博士の「憲法典範改正案」

占領下で占領軍に押し付けられた憲法を「押し付けられたのではない」だの「日米合作」だのと、あたかも自分が占領軍にでもなったように対米隷属する日本人に痛撃。昭和国体論の大家、里見岸雄博士の「憲法典範改正案」(錦正社 昭和39年)序文を引用紹介します。

里見岸雄博士の「憲法典範改正案」より引用

日本国憲法は押付けられたものでなく日米合作だという珍説も現れたが、このようなものは、すべて、日本国憲法を改めたくないという下心から生まれた屁理屈であって、日本国憲法が押付けられたものである事は、動かし得ない歴史的事実であり、本来ならば独立主権を欲する国民の一人残らずが改憲の主張者でなければならぬ。

憲法改正の第一義は、区々の条文に存するのではなく、神聖不可侵なる制定権の完全回復を以て本命とする。それ故に、日本の政府と国会とに若し卓然たる議員があったなら、個々の条文の改訂には何程か研究の時間的余裕を必要とするも、講和条約発効後、速やかに、日本国の主権を発動し、憲法第九十六条の改正規定に基く形式によって、この日本国憲法を暫定的に日本国の正統憲法として確認し、研究調査を俟って適切な改訂を行ふ旨議決宣言すべき筈なのである。

然るにこのことなくして既に二十年近い年月を漫然この憲法の下に過してきたことは、後昆永へに残る昭和政治最大の汚点といはねばならぬ。

日本国憲法には幾多の長所もあるが同時に幾多の欠陥もある。その欠陥意識は、国民各自の経済的、社会的、思想的、政治的立場によって内容を異にするところではあるが、要するに、いづれの側から見るも欠陥ある憲法であることは異論のないところであらう。

早い話が、社会主義の実現を目的とする日本社会党が、私有財産を保障した資本主義的性格の現憲法を擁護するのは、それを本心と見れば、誠に悲惨なる、若しくは滑稽なる矛盾といふほかないが、まさかさうとも思へぬとすれば、その憲法擁護は一種の敵本主義、或いは目的秘匿の為のカンフラージュ、或は見え透いた戦略といはざるを得ない。

或る意味で憲法改正は本質的に自民党より社会党の急務ともいふべきなのである。

博士の言うとおりです。その社会党でもブレーンの向坂逸郎のような天真爛漫な人物は「日本が社会主義国になったら軍隊は当然持つ」と、あっけらかんと言い放っていましたが、本部のほうは苦虫を噛み潰していたそうです。

日本共産党が現憲法擁護を叫ぶのなどは、むしろ、いぢらしいくらゐなもので、まさにこれ浮世をしのぶ仮の姿、一日も早く、天皇制廃止、日本人民共和国憲法の制定を夢みてゐるものでしかないでらあらう。

現在の共産党に対しても言えることです。また左翼だけでなく、自民党の日和見主義者にも手厳しい批判を加えます。

自民党もまた憲法改正においては、徒らに社会党の鼻息をいかがし、詐り愚かにして欲するが如く欲せざるが如く、その内心を直写すつをはばかってゐるもののようである。これが現在日本の真情である。然し乍ら、これは要するに国民を欺くの甚しきものであって、まことの民主主義的態度ではない。

そして戦後長期にわたり日本国憲法が改正されなかったことが、あたかも国民に積極的に支持されていた証であるかのように考える国民にも苦言を呈します。

日本国憲法は、早かれ遅かれ、根本的に改正を余儀なくされる宿命を負ふてゐる。この憲法は次第に国民に定着しつつある、或は国民が馴染んでゐる、といふようなことは、憲法の本質や善悪には関係がない。

そのようなことは単にこの憲法が十年二十年と長期に亘って施行されてゐる事実から時間的に発生した、むしろ悲しむべき結果なのであって、真実の意味では、国民がこの憲法に定著すればする程、馴染めば馴染むほど、日本はえたいのしれぬ国に転落するばかりである。

憲法改正!

日本の平和と安全の確保のため、国民が自尊心を持てる為、日本が真の民主主義国家となるために日本国憲法を改正しよう。

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